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I can do it !!~平凡な主婦のアウトプット録~

何も特技のないパッとしない主婦の毎日。効率の良い家事の進め方、健康によい食事作り、生活の中での気づき、本を読んだ感想など。

幸せボンビーガール!相田翔子の貧乏な過去!パンの耳をもらい内職&バイト生活

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幸せボンビーガールに出演した相田翔子さん。相田翔子さんが生まれたのは、ぎりぎり東京の場所、JR武蔵野線の新秋津駅の近く。志村けんさんの出生地も東村山市ですね。相田翔子さんはご両親、お姉さま、相田翔子さんの4人家族で、おとうさんのお仕事はタイル職人さんだったそうです。いまもご実家のあった場所に、お父様が作ったタイルが残っているのは感慨深いものがありました(^^)

 

相田翔子さんのお父様は、タイルの工事会社を起業したばかりで家計は苦しく、当時の食事は、コンビニで1個90円で買ったあんまんを4等分したこともあったそうです。その他の食事は、相田翔子さんちから歩いて15分のパン屋さんからもらってきたパンの耳。それを揚げて砂糖をまぶしたパンの耳ラスク。相田翔子さんは、いまでも食べているとか^^;(いや、でもパン耳ラスクは純粋に美味しいです)

 

相田翔子さんは、中学校時代、女子プロレスに憧れ、筋トレやランニングをしていたそうです。学校では、女子にプロレス技をかけていて、相田翔子さんは、『飛び蹴りが得意技だった』と同級生が話してくれました。

 

そんな時、あるオーディションで、松任谷由実さんの『ダンデライオン』を歌ったけど不合格。14才の中学生の時の相田翔子さんは、ショートカットで少しお顔がぽっちゃり。このオーディション当時の様子を『2週間前から眠れなくて』と相田翔子さんは話していました。

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このオーディションの後、『あなた、歌は下手だったけどモデルやってみない?』と芸能事務所の方に誘われたそうです。その後の、歌やダンスのレッスン代はタダだったようですが、レッスン場に通うのに、交通費がかかるため、自宅で内職をしていたそうです。

 

その内職は、紙を折ってのりをつけて、紙袋を作るという内職。出来高制で、1個0.2円。1ヵ月1,000円。いまでもこうした内職はあるようですね^^;その後、お惣菜屋さんでバイトした時の時給は650円。『綺麗な子がいるね!』と評判だったようです。ポップに価格や商品名を書くのも得意だったとか。

 

相田翔子さんは、その後、パン屋さんでのバイトで時給600円、うなぎ屋、ハンバーガー屋さんでもバイトしたそうです。

 

でも、なかなか芽が出ず、お仕事がない時は事務所で電話番。たまにあるお仕事は、デパートの一角でお客さんが少ししかいない寂しいショーをしてたとか^^;それが、ある時、最後のつもりでリリースした曲が120億円の売上!

 

ちょっと天然な相田翔子さん。過去には、Winkとして紅白出場もしていますね。色白でおしとやかで静かなイメージ。『淋しい熱帯魚』の時は事務所から『もっと笑え!』と怒られていたそうです^^;

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